マイホームを託す

そして、御夫婦の職業が中学校の教員であることを知ったとき、唖然として激しい怒りを覚え、話を続ける気にはなれなかった。この話を、作り話と疑う方もおられると思うが、悲しいかな事実の会話であり、こんなことだから、問題となっている学校の崩壊や、犯罪の低年齢化に歯止めがかからないのではないかと思う次第である。この御夫婦のような考えを持った教員は一部にすぎないとは思うが、自分の子供が学校の校舎という器の中で、差別されているとしたら、授業を妨害しようとしたり、いじめをしていたとしても、親としての対処の仕方がわからないのではないか。社会のルールが欠如しているとき、お前だけは、自分だけは、家族だけはという考えは通用しなくなる。このことは過去の戦争や各地で起こっている民族紛争などがよい例である。一クラス三○人の中で、最高が一○○点、最低が九○点であっても、現在のような五段階評価の中では割合に応じて五段階に分けられてしまう。国家は組織によってなり立っているもので、更にさまざまな組織の集合体により国家が構成されている。ところで、不動産に関するあらゆる情報は、←こちらから収集できます。先の御夫婦の価値感は、社会を否定するものであると同時に、自分の職業の価値さえも見失ってしまっているものと言える。地方公務員、特に市役所や町役場の職員に採用されるためには、三○○万円前後の金がかかるという話がある。現実に、息子を市役所に入れるために高額の金がかかったと公言している人さえいる。ユーザーとの競争の矢面に立たされるのは、これを使用した施工業者である。製造物責任がなくて、使用責任があるというのは、なんと不思議な業界なのか。こんな不思議な業界にマイホームを託さなければならない施主にとっては受難の時代だ。環境にやさしいとか、環境共生とかいう言葉は、使うことは簡単だが実現することは難しい。これは、日本古来の住文化を否定して、形だけの西洋化を模倣した結果である。形だけでなく本物の環境を西洋化の中で学び、過去の長い年月を経て築いてきた伝統と、その時代の生活の仕方に関心を持つことが、本物を見つける早道ではないだろうか。

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